小峰峠・明治道&旧小峰隧道@東京都八王子市&あきる野市
 2012年3月  小峰ビジターセンター駐車場→

心霊スポットとして、人気のある?旧小峰隧道ですが、それは、大正5年(1912年)竣工。ここは、八王子往還と呼ばれた立派な街道だったので、それ以前は、トンネルを使わずに、峠越えをしていたはずですが、ネット上には、見当たらず…。そこで、大正5年以前の道を、探してみました♪(^o^)v ただ、危ないのと、地主さんに迷惑が掛かるので、真似しないでネ…m(_ _)m


スタートは、小峰ビジターセンター。無料小駐車場完備です…(^o^;)

ビジターセンターにある案内図に、そのヒントが!(゚゚;)エエッ 以前から、気になっていたのですが、ヘビ・虫の恐怖があるので、冬の土が乾燥している時に…と思いながら、1年が過ぎて…(;゚゚)ウッ! 山登りをするくせに、ヘビや虫が苦手な私…(^o^;)

案内図にある「旧都道」「馬頭観音」が、小峰峠・明治道のヒント。馬頭観音があるってことは、その昔、馬の背に、荷を乗せて、人が歩いていた証ってこと。そして、昔、都道になっていた道であれば、尚更、旧道の可能性を感じるじゃないですか…(^o^)v

ビジターセンターで、話を聞く方法もあったのですが、「行って来ます♪」と言えば、絶対に「危険ですから止めて下さい」と言われそうなので、聞きませんでした…(^o^;) ただ、幸運にも、旧都道を歩いている途中、見回りをしている方が、私の撮影機材に興味を持ったので、ついでに、聞いちゃいました…(*^_^*)

その方によれば、「旧都道は、明治道とは関係がないだろう」とのこと。「(桜尾根と呼ばれる)尾根道が、八王子往還だったので、その道を馬頭観音まで行けば…」ただ、その先は、公園外になるので、その方にも不明とのこと。

とりあえず、馬頭観音へ行けば、わかるでしょ♪と言うことで、旧都道から目指しました。旧都道は、新小峰トンネルの上を通り、旧小峰隧道へ繋がる旧道に沿って、馬頭観音へ続いていました。(詳細は動画を参照)

石碑には、文政5年(1822)年と彫られていました。ってことは、明治を通り越して、江戸時代っすかぁ…(◎_◎) こりゃぁ、100%そうかもね♪(^o^;) 隣村講中(りんそんこうじゅう)とも、彫られていました。講中は、信仰者の集まりという意味なので、周辺の人々が、お金を出し合って、建てたのでしょう。

右は、ハイキングコース…ってことは、街道にするには、過酷な道になるので、やはり、「通り抜け不可」となっている左が怪しい…(*^_^*)


ちなみに、馬頭観音手前からは、奥多摩の山々が、見えました。プチ絶景♪(^o^;)

途中には、明らかに、人の手により、割られた石が…。お地蔵さんっぽくした石も…(^o^;) 一ヶ所、谷を渡る場所は、お馬さんには、ちょっと厳しいかも…。ただ、当時の地形とは、変わっている可能性も…(。_゜)? また、東電の巡視路にもなっているようで…。

しかーし、道であったのは、最初だけ…後は、跡っぽい斜面…しかも、冬なのに、藪…(>_<) 道を見失い、帰れなくなる恐怖を感じ、所々、枯れ枝で、マーキングをしながら、進むと…

相当昔に崩落した場所に、倒木・枯葉の堆積で、道は、完全に消失!(゚゚;)エエッ ただ、その下に、畑が見えたのね…(^o^)v ってことは、畑の主に聞けば、わかるかも♪…ってことで、一度戻り、畑のほうに、行くことに…(*^_^*)

ここまでの足取りは、上図の通り…。旧都道に、惑わされた、明治道ですが、明治時代中頃(1893年)までは、ここは、神奈川県でしたし、1943年までは、東京府だったので、明治道=旧都道とは、考えたくないですね…。果たして、その結末は…詳細は、動画で♪(*^_^*)



     そんなわけで動画です。